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第十章 3話:揺るぎなき我欲

~加宮朱璃(かみや・あかり)の部屋~

 

さぁ、遠慮なく入って?

お、おじゃまします……

そんなに緊張しなくてもいいのに

わ、私も緊張してます……
こんな立派なお家とは、思ってなくて……

はい……落ち着かないです

……です?
なんだか、さっきからマルタらしくないじゃない?

あの、私はオフでは普通です……
見ての通り、地味ですし……

地味なんて、そんな……
でも思ったより年下だったのは、驚きましたけどね?

 

~数時間前都内、某オープンカフェ~

 

あの……「【主人公】」よね?

あっ、ジュリ?

ええ、そうよ♪
ふふ、やっぱり【主人公】だったわね

なんとなく雰囲気で、そうかなって思ったのよ

あの……人違いでしたら、すみません
ジュリさんと【主人公】さんですか?

ええ、そうよ?
……あなた、シャノンね?

はい……よかったです、人違いじゃなくて
まだちょっとドキドキしてます♪

あとはマルタか……

そうね……シャノンは見なかった?

ええ……でも、もしかしたら会ってるのかも
しれませんけど……

迷ってるのかしら……いっそ私がツインテールにでも
した方が、目印になったかもしれないわね

あの……実はさっきから何回かすれ違ってる
女の子がいてですね?

今もあそこから遠巻きにこちらを見てるんです……
あの子、マルタじゃないでしょうか……?

(チラッ……チラッ……)

気がつかなかったわ……ちょっと呼んでくるわね

(スタスタ……)

やっぱりそうだったわ……はい、この子がマルタよ!

あの、マルタこと田村美佳(たむら・みか)といいます
中三です……よろしくお願いします……

まぁ、御丁寧にありがとうございます
そういえば、お互い自己紹介もまだでしたよね?

シャノンの矢島智子(やじま・ともこ)、高校二年です
よろしくお願いします

私は加宮朱璃(かみや・あかり)、ジュリよ
私もシャノンと同じ、高校二年よ

(自己紹介する)

これで全員ね……本名で呼び合うのも何かムズムズ
するし、しばらくシャノンやマルタって呼んでいい?

ええ、何だかそちらの方が呼びやすいですし♪

あ、はい……それで構いません
私は年下みたいですから、お任せします

何だか硬いわね、マルタ……まぁいいわ
連絡した通り、さっそく私の家に行きましょ?

 

~加宮朱璃(かみや・あかり)の部屋~

 

それでは皆様、朱璃さんからお話は伺ってますので、
安心してくつろいで下さい

ここに居る限り、不審な者は近づけさせませんので
絶対に安全ですから

有難う梢さん、急に無理なお願いをしてごめんなさい

いいえ、朱璃さんがお友だちを家に連れてくるなんて
珍しいですから、私も楽しんでいますよ……では

(バタン)

……私、本物のメイドさんなんて、初めて見ました
凛々しい上に優しそうで、素敵な方ですね

梢さんは、私の両親が死んでから、ずっと母親代わり
みたいに接してくれた人なの……本当に良い人よ

あ、そうだったんですね……
変なこと言って、すみません……

気にしないで、シャノン
じゃあ、そろそろ行きましょうか?

DDさんも一緒に来られれば良かったんですけど……

DDは妹さんのPCからログインしないといけない
みたいだし、仕方ないわね

あ、マルタはいつも通りのマルタに戻ってね
何だか逆に落ち着かないわ……

FMDをつけて「The World」に行ったら、
そうします……

「The World」へ!

"『The World:Re-vice age』
>LOG IN......SUCCESS!"

『Welcome to The World』

 

◆ ◆ ◆

 

~ネットスラム~

 

(シュォオオオオオオオオオオオオオオオン……)

アルちゃんやバリゾーさん達はいませんか?

ニンリルが知ってると思う

そうね、ニンリルを探しましょう

ニンリルさんは、どちらに
いらっしゃるんでしょう……

まぁ、いつもログインしてるって訳じゃないと
思うけど……

(ザッ……)

あっ、今そこで音が……誰かいるみたいですよ?

シャノン、ちょっと待って……

えっ……?

(スッ……)

…………

あんた達、ニンリルの仲間って感じじゃないわね

デスイーターなのか!

…………行け

了解……

なんでネットスラムに、デスイーターが
いるのー……!?

詮索は後よ!

 

◆ ◆ ◆

 

…………

(ザッ……)

ぐぬ、逃げるかー……!

なぜデスイーターが潜入できた?

ネットスラムって、誰でも潜入できるものなの!?

難しいと思うよ……
普通の冒険者じゃ、ムリ

(ザザッ……)

…………

また来ました……目的は何なんですか!?

…………

答えるはずもないかー……

 

◆ ◆ ◆

 

これ、偵察の規模じゃない……
攻めに来てるね……

ネットスラムに用事が?

泣き姫の手掛かりでもあると思ってるのかしら

イリーガル繋がりで、そう思っても
おかしくないよね……

(スッ……)

(*´∀`*)<こんな場所で探しモノ?

何にもないよ、何にもないない……
だけどここには全てが集う……

(すたすた……)

な、なに……今の!?

見た事ないデザイン……
冒険者なのか、AIなのかも分からないよ……

あれはこのネットスラムの住人でありんす
通称「ネットローヴァー」とも呼ばれてるでありんすな

プレイヤーがいるのやら、AIなのやら、詮索もされず
徘徊している者でありんすよ

あの、あなたはニンリルさんと一緒に居た方ですね

へぇ、梓でありんす……ニンリルさんのところに
主さまたちを案内しに来たでありんす

本当?
じゃあ、さっそく……

その前に……あの不埒な輩どもを片づけてくれなんし

(ザッ……)

…………

 

◆ ◆ ◆

 

頼りになるお方でありんすね……
あちきは惚れてしまいそうでありんす……

また罪を作ってしまった……

何を言ってるのよ、【主人公】
それより、今どういうことになってるか教えて?

あらまぁ、妬いてるでありんすか……?

…………はぁ?

あれ、おっかない……

まだ推測でありんすが、何者かが手引きをしてここへの
入り口をこじ開けた、と考えられるでありんす

バックドアの一種、でありんすなぁ……

それが証拠に……ホレ

(ザァッ……)

…………

先刻より次々に湧いてくるでありんす……

 

◆ ◆ ◆

 

これはかなり厄介な状況でありんすね……

潜入した輩が、新たなバックドアのゲートを
増殖させているようでありんす

大がかり過ぎる……

確かにただのPK集団、というわけでは
なさそうでありんすね……

ささ、ここが転送ポイントでありんす

転送先でニンリルさんたちが待ってるんですね

そうでありんすが、邪魔な輩を近づけるわけには
まいりんせん……

(ザザッ……)

…………

お引き取り願おう!

ええ、塩をまいてやるわ!

 

◆ ◆ ◆

 

人払いは終わりんしたね?
それでは参りんす……

みんな準備OK?

ええ、大丈夫よ

他のデスイーターさん達も姿はありません!

おっけーだよー……

それでは……
座標、転送メンバー登録……転送、開始

(シュイイイイィィン……)

お連れしたでありんす、主さま

無事だったようだな

みんな、おかえり……

状況は?

ここも、リアルもあまり良好とはいえないようだな
まさか闘争を現実に持ち込むとは……

犯人はゴーディンじゃないの……?
何で捕まらないのー?

情報は集めているが……
何故か犯行の痕跡が残っていないらしい

えー……!?

あら……DDやバリゾー、それにメルツィアはまだ
合流してないのね?

これから回収に行こうというところだ
君達も同行したまえ

デスイーター潜入経路の調査は?

それについては、問題ない
すぐに突き止められるだろう……

……クッ!
どうなってるの!?

まさか、デスイーターが入り込んでるとは
思いませんでしたねぇ、ハハ♪

…………!

(キィン!ガキッ!)

数が多いし、いつも以上に本気みたいね
さすがに二人だけじゃ厳しいわ

……その角の力は今、使えないんですか?

この角の力なんて、コントロールしたことは無いわ
……私、角の力の話なんてあなたにした?

私、情報屋ですから……フフ♪

ああ……
そうだったわね

(ザッ!)

あっ、【主人公】!

DD、無事か!

ええ、無事よ
助かったわ

こちらの状況も危険ですけど、リアルの方は
大丈夫ですか?

大丈夫よ、そっちに合流できなくて悪かったわね

まずは、こいつらを倒して一息つきましょ!

 

◆ ◆ ◆

 

それで、どういう状況なの?
こことリアル、どっちも知りたいんだけど

デスイーターを手引きしてる者がいる

手引き?

そうでありんす……詳しくはその他の状況も含めて
ニンリルさんから聞いてくれなんし?

ここは一般の冒険者が自由に入れる場所ではない
今の君達は、一時的なゲストとして招いているだけだ

だが「裏口」を作り、そこへ潜入者を転送させるという
技術を持つ者がネットスラムで手引きをすれば別だ

どちらにしても、かなり高度な技術とそれなりの設備は
必要となるはずだが……

……そういえば、バリゾーさんはまだ来てないんです?

まさかバリゾーが……?

もう一度言うが、手引には高度な技術が必要だ……

察し……

実はすごい演技派だったりして……ないか

メルツィアは情報屋だよね……?

ええ……まぁ、この状況であれば私が疑われても
仕方がないのは分かりますけどね?

私がデスイーターに協力する動機がないですよぉ!?
……いや、探せば色々ありそうですけどね?

メルツィアは安全な所にいるの?

ああ、グル・カーンのプレイヤーが襲われた件ですか?

私は彼に襲われるほど恨みは買ってないと
思いますしね……?

さすがに状況証拠ばかりで犯人扱いされるのは、
心外ですよぉ……

情報屋さん……
私から、泣き姫の情報をもらった事はある?

それか、私から情報をあげたことは?

無いですねぇ……あなたからも、妹さんからも

ふぅん……じゃあ、もうひとつ

どうしてDDを使っていたのが私と妹の二人だって
知っているの?

……皆さんといた時に聞いたんじゃないですか?

あんたには誰も話してない

おやぁ?
……噂で聞いたんですかねぇ?

冗談じゃないわ、誰にも妹のことなんて話してない!
【主人公】たち以外にはね……

いや……誰かさんに、盗み聞きをされている可能性は
あるかもしれないわね

あの泣き姫を追い掛けていた洞窟とか……ね?

なるほど……その者と同一のプレイヤーというわけか?

あんたの正体は……ネージュだな!

……少し楽しい状況だったから、テンションが
上がり過ぎてボロを出してしまったのかしらねぇ?

フフ……その通りよ、【主人公】

色々と情報を聞き出すだけにしておけば良かったのに、
あの「ネットスラム」に招待してくれたんですもの……

つい、欲を出してしまったわ……フフ

お前はっ……!!

せっかくだから、もう少し彼らの相手をしててね?
私はもう一仕事させてもらうわ……アハハ!!

(ザザッ……)

…………

待てっ!

 

◆ ◆ ◆

 

あの糸目の情報屋はどこ!?

もう一仕事って何だ……?

人を騙し、弄んで楽しむ奴よ、あいつは

誘いこまれたような気もするよー……

来たわね【主人公】……
あなたに会いたがってる、彼を呼んであるわ

(シュイイィィィィィン……)

(ザッ……)

【主人公】……
永らく待ったぞ、この時をな……

グル・カーンを襲ったのはお前だな!

襲った、というのは違うな……
俺はあの男に罰を与えただけだ

二度と俺の目障りにならぬようにな

何なの、こいつ……
何を言ってるのか理解できないわ

あんた達の狙いは泣き姫の懸賞金じゃなかったの?

泣き姫は興味深い存在よ……?

まぁ、懸賞金に関してはもちろん、あらゆる人間を
本気にさせるためだけのエサ、だけどね?

お前達の目的は、プレイヤーの領分を超えている……
高みから何を観察している?

ニンリル……
あなたからも似たような臭いを感じるわよ?

知りたければ、私達まで辿り着いてみなさい……
アハハハハ!

 

◆ ◆ ◆

 

フッ、実に喜ばしいぞ……【主人公】
俺に相対する者として、十分に熟成してくれたようだな

グル・カーンをなぜ襲った!

奴は俺のルールに背いた……
俺の獲物を辱める、というルール違反だ

俺の獲物を辱めたという事は、この俺に対する
侮辱でもある……

そのような者に、罰を与えるのは当然だ

人として大事な何かが壊れてる……
人の痛みが分からない奴なんだわ

お前みたいな奴が、平気で人を傷つけるのよ
ネットでもリアルでもね……

あんたのルールか何か知らないけど、ゲームなら
許されても、リアルじゃ犯罪だって分からないの!?

俺がつまらないと思えば、そんな物は瑣末な話だ……
それに俺が犯罪を犯した痕跡を残すと思うか?

彼が得た力は実に愉快な成長を続けてるわ……フフッ

彼を記録したカメラの映像は、もはや彼を影のように
しか捕えられないのよ?

文字通り「現実と虚像の狭間」にいるみたいだと
思わない?フフフ……

それが良い事か悪い事かは分からないな

いずれ自分の存在が現実なのか認識できなくなるかも
しれぬぞ?

ほう……それは一体どんな境地なのか、興味深いな

冗談だと思っているのではないだろうな

それは「認知外依存症」の事かしら……フフフ

……なるほど、ただの情報屋でも愉快なPK集団でも
ない、というわけだな

「認知外依存症」?

「認知外依存症」とは、生身で電脳空間に入り込んだ
者が迎える、最悪の結末のひとつだよ

次第に自我を失い「個」としての存在を保てなくなり、
電脳の海にただのデータとして拡散してしまう症状だ

さらりと変なコト言ったよ……
生身のままで、電脳空間に入る……?

通称「リアルデジタライズ」という現象だが……

「認知外依存症」を含め、限られた者しかそれを知る
事は無いはずだが……やはりそうか、情報屋

お前は、ARISの研究員だな?

フフ……

この「The World」は、素晴らしい実験空間だわ

MONOREALの目指す理想に最も近い環境に
あるのかもしれない……

情報による意志の管理……人の意思による創造……
情報に管理された、完璧なる世界……!

人の意志と創造の頂点に君臨する「カタリストの王」!
……それに相応しいのは誰なのかしら?

泣き姫?ゴーディン?それとも……
同じ「王の瞳」を持つ【主人公】?

この世界にそんな王はいらない!

それを欲しない者は、その資格すらないわね、フフッ

私達の世界を、心を……実験で弄んでいたんですね!

頭に来たわ……絶対に許さない!!

出て行け……
ここから出て行って……!

こんな世界なんて、どうなっても構わないけど……
あんたらは気に食わない……倒すわ

いいわね……
とてもいい感情データが録れそうよ?

さぁゴーディン……その先を見せてくれるわね?
あなたの倦怠は、そこでこそ消滅するはずよ

黙れ……お前達の都合などどうでもいい……!
刈り取らせてもらうぞ、【主人公】!

行くぞっ!!

 

◆ ◆ ◆

 

フ……フハハッ!!

世界に愛されていたのは【主人公】……
お前だったという訳か……

お前が世界を愛さなかっただけだ

俺が世界を愛する、だと?

フッ……フハハハハハハハハッ!!
滑稽だな、【主人公】……

俺が何かを愛するとでも思っていたのか……?

どうやら、お前はこの世界の理を聞いたことが
ないようだな……

「“The World”では、全ての者が祝福されている」

吐き気がするな……

もちろんだとも、ニンリル……

それゆえに、我々が新たに革新させる世界の理もまた
世界に祝福されるに違いない……フハハッ!

黙れ、道化者……お前らの革新も、世界の祝福も
俺をたぎらせる事はない……

そんな甘ったるいものは、全て消えてしまうがいい!

ヨカロウ……貴様ノ願イハ……聞キ届ケタ……

(ゴォオオオオオオオオオオオッ!!)

我ガ叶エテヤロウ……!

危ない!

我ハコノ者ノ願イヲ叶エルダケ……
世界ノ祝福ヲ拒ムノナラバ、自ラ消エルガイイ……

(キィイイイイイイイイイイイン!!)

グゥッ!?

ウァアアアアッ!!

面白い……実に刺激的だ……!
これが、消えるという感覚か……!!

ハァ……ハァ……これは、ナニ!?
データを……記録しな……けレバ……キロク……

(シュウウウゥ……)

消えル……俺……が……
……オレ……ガ……

イガイ……ニ……ツマランモノダ……ナァ……

(シュウウウゥ……)

 

~ARISラボ~

 

(ガシャッ)

何か倒れたような音が聞こえたが……
ノウェル主任のチームの方か?

不正規領域の調査と言っていたが、
妙にテンション高かったようだし……

主任、何か音がしませんでしたか?

(…………)

……主任?ノウェル主任?

 

~都内某ネットカフェ~

 

……ん?
この部屋、カメラの調子が悪いな……仕方ない

(……コンコンコン)

失礼します、お客様
お部屋のカメラを点検いたします……

(ガチャ)

あれ?お客さん、離席されてるのか……
丁度いい、点検させてもらおうか

(カチャカチャ……)

……うん、特に問題ない、か

それにしても、お客さん帰ってこないな……
「The World」は、繋ぎっぱなしだし

まぁいいや、失礼します
ごゆっくり……

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